8/16(火) 

日本縦断ツーリング33日目

行程

道の駅おがわら湖-縄文遺跡いくつか-是川縄文館-櫛引八幡宮-道の駅にしね

ルート

ルート画像

注)ルートはGARMIN GPSmap 60CSにて記録したものを、
取り込み、加工したものです。
一部、海を走っているように見える部分がありますが、
不必要なデータを表示させないために、
マップの詳細を最低レベルに落としているためです。
トンネル、深い谷など電波が受信できないため、
ルートが途切れているように見えるところがあります。

昨晩の宿泊地

道の駅おがわら湖
道の駅おがわら湖
久しぶりに道の駅にテント張ったので、
朝は早めに目が覚めました。
いろいろリサーチをしたところ、
行き先の候補地の一つだった「日本中央の碑保存館」が、
本日休館ということで、
候補地の最初あたりは特に時間が関係ないので早めに出発。


二ツ森貝塚
最初の目的地は、二ツ森貝塚。
「北海道・北東北を中心とする縄文遺跡群」の一つです。
案内の標識がなく…入り組んだ道をうろうろしていたのですが、
ナビで「貝塚」という地名があったので、
そこかな?と思って行くことにしました。
途中で大きな家の前を通りかかったのですが、
「貝塚」という家らしい…写真撮ろうかとも迷ったのですが、
葬儀中?という感じがあってさすがにスルー。
貝塚は公園になっていますが、調べてみると所在地は、
「上北郡七戸町榎林字貝塚家の前」だそうです…
(青森県庁のサイトより)
公園には展望台があって、そこよりの眺め。

二ツ森貝塚
復元住居が二つあって、そのうちの一つ、第5号住居跡の復元。
主柱穴が2本検出されて、傾斜地を利用した建物だそうですが、
素人考えながら、この復元って正しいの?と疑問が…
壁を作るという概念があったのか?ということと、
壁に扉って…という感じがしました(^_^;)

調べてみると、ウィキペディアの竪穴式住居にこう言う記述がありました。

日本の竪穴住居は、伏屋式と壁立式とがあり、後期旧石器時代から造られ始めたと考えられており、縄文時代には盛んに造られ、のちの弥生時代に伝わり、伏屋式が主流で、壁立式は拠点集落の大形住居に限られ、首長居館として権威を示す形式として弥生・古墳の両時代に築造されたと考えられている。そして、日本の農家や民家のもととなっていった。竪穴住居自体は平安時代ごろまで造られ、さらに時代が下がった例で東北地方では室町時代まで造られていた。特に近畿地方では平安時代にはほとんどが平地住居へ移行したとされる。

まぁ単純に、建てづらく風雨等に弱そう…というのが実感。
壁を立てるくらいなら、周囲を全部屋根のところと同じにしたほうが、
(出入り口の問題はあるにしても)建てやすく住みやすそうです。

二ツ森貝塚
こちらは第58号住居跡。
柱穴は6本検出も、建て替えのあとが見られたため、
建て替え前で4本と推定して復元しているようです。
他にはあまり何もなかったんですが…
少し前に県立郷土館で見た櫛がここの出土だったようです。
あと、産業用ヘリで農薬散布?の作業前の人たちがいて、
ヤマハのヘリだったのですが、操作面白そうだな…と(^_^;)
RMAXという名前ですが、調べてみると、
専用開発の246cc水冷2サイクル水平対向エンジン、
出力15.4kWだそうですから、21馬力くらい?
2サイクルってまだつかわれてるのか、という感じがありますね…
バイクはなくなったのに…

長七谷地貝塚
そこからはまた「〜縄文遺跡群」のひとつ、長七谷地貝塚へ。
工業団地の中にあって、場所は分かりやすいのですが、
案内板が立ってるだけ…でした(^_^;)

長七谷地貝塚
案内板の裏はちょっと高くなっていて、
上ったらこう言う感じで、草地が広がっているのみ。

是川縄文館
八戸市街をスルーして、是川縄文館まで。
国宝となった「合掌土偶(写真)」を展示する施設で、
2011/7/10に開館した施設です。
国道から、道を下って行くのですが、
最初は国道から曲がる交差点を行きすぎてしまい、
引き返してくることになりました。
雨も降ってきたので辟易したのですが、
青森県は全体的に観光案内標識が整備されている印象がある中、
八戸のもう一つ、国宝を所有している櫛引八幡宮、
そこへの案内標識もなかったような…
青森市と八戸市は幕藩体制下では藩が違い、
(青森市=弘前藩、津軽地方、八戸市=南部藩、南部地方)
仲が悪いという話もあるそうですが、
他の多くの観光地の標識は整っているのに、
国宝を保有している施設への案内がないのは殆ど嫌がらせにしか思えず(^_^;)
展示は大変良かったです。画像が多くなるので別ページに掲載。
(上の画像からリンクしています)

是川縄文館
外に出たら、雨は止んでいました。
近くに、この建物ができる前の展示館があるので、
そこも行ってみることにしました。

是川縄文館
その建物の前にあった復元住居…
やっぱり壁がある…ということで疑問に思ったのですが…
壁があるということが正しいのかどうか、真相は不明です(^_^;)

是川縄文館
入り口の脇に貼ってあった、
「祝国宝指定」のポスター。
展示そのものは(移動したからでしょうが)、
あまり見るべきものはありませんでした。

是川縄文館
少し離れたところに、遺跡の記念碑があるということで訪問。
道が狭くて、来る人もあまりいないようなところでしたが、
高台になって、遺跡群(らしいところを)見渡すことができます。
写真も一応とったのですが、載せてもあまり意味がないように思われるので載せません(^_^;)

八食センター
ご飯を食べようと思って、
海産市場+食堂のような八食センターというところまで。
記憶はなかったのですが、来てみたら以前来た気がしました。
かなりの混みようで…駐車場も混んでたので、
白い斜線が引いてあるところ、あまり邪魔になりそうにもなかったので、
近くにいた警備員に「ここにとめていい?」って聞いたらダメ、って言われました…(-_-;)
ちょっと移動したら、ちょうど出る車があったので、
すぐ停めることができたんですけどね…
まぁしょうがないです。
ちょっと市場のほうも見つつ…
食事ができるところはどこも混んでいたのですが、
大きな寿司屋みたいなところは、
入り口に人が並んでるものの、
店内を見てみると、結構一人席みたいなところが空いてるので、
もしかしたら早く座れるんじゃないかと思って、
並んでみたらやっぱりすぐすわれました。
八戸はサバが有名らしいので、サバをオーダーしてみました。
写真はそのサバ…色も写りも悪いですが(^_^;)

八食センター
せんべい汁もオーダーしてみました。
せんべい汁とは、その名の通りせんべいの入った汁で、地元の名物。
せんべいと言っても、それ用のモノらしいので違和感はなし。

八食センター
メインはこれ…おいしかったのですが、
軍艦は「ウニ」ってメニューに書いてあったような?
おかしい…と思って店内を見渡すと、
メニューが変わってました(^_^;)
(次の写真)

八食センター
上の「せとA」って方なのですが、
「カニみそ」のところが他のところと色が違うのがわかるかと。
もともとそこには「ウニ」と書いてあったと思うので、
ちょうど品切れになったということだと思います。

八食センター
食べ終わってから、今日の晩御飯に出来そうなもの…と思い、
また市場をうろうろしていたのですが、
写真のようなところを発見。
右のパウチ…「酒のほそ道」って漫画で、
その八戸のサバを紹介した回のモノで、
私が八戸はサバ、って思ってたのもこれ(のみではないですが)由来だったので、
これが品切れだったら、別に何も買わなくていいかぁ、と、
変な満足感があって出発することにしました(^_^;)

櫛引八幡宮
着いたところは国宝の鎧を所蔵する櫛引八幡宮。
先に書いた通り、青森にしては珍しく観光案内標識がなく、
行きすぎてしまって引き返してくることになりました。
とりあえず、鎧の拝観は後回しにして参拝からすることとしました。

櫛引八幡宮
立派な燈籠。武田菱が見えますが、
ここは南部氏の神社であり、南部氏は甲斐源氏の一族でもあって、
個人的には向鶴、南部鶴というらしい、
鶴が向かい合った家紋のイメージだったのですが、
武田菱も家紋であるようです。

櫛引八幡宮
その燈籠にはひびが入っていました。
震災の影響?とも思ったのですが、詳細は不明。

櫛引八幡宮
重文の正門。

櫛引八幡宮
(おそらく)拝殿。国宝を所蔵する神社らしい立派な建築で、
重文がいくつかあるのですが、最初は重文かと思っていました(^_^;)

櫛引八幡宮
「南部一之宮」の提灯。
一般的な一宮とは?ということを書くと長くなるので省きますが(^_^;)
その「一般的な一宮」の視点からは外れている感があります<南部一之宮

櫛引八幡宮
例によって、ここも来るのは初めてではないのですが、
以前来た時には、後ろの建物に鎧はじめ宝物は展示してありました。

櫛引八幡宮
拝殿向かって右手の神明宮。重文。

櫛引八幡宮
別角度から、拝殿。

櫛引八幡宮
長所。旧拝殿で重文。

櫛引八幡宮
拝殿向かって左手、春日社。重文。

櫛引八幡宮
本殿。重文。
撮る角度が制限される立地だったのが残念。

櫛引八幡宮
本殿の左脇障子、鷹にメドツ(カッパ)。
説明もあったのですが長いので要約すると、
ここを建てた左甚五郎が、端材を川に捨てたら、
その端材はカッパになって悪さをするようになったので、
困った住人達が八幡様へお祈りしたら、
遣いの鷹を飛ばして懲らしめさせた、という話だそうです。

櫛引八幡宮
右の脇障子。「梅に鶏太鼓」というそうで、
「一番鳥が一番太鼓に乗り、朝一番に鳴く」という、
縁起の良い彫刻だそうです。

櫛引八幡宮
本殿の彫刻。

櫛引八幡宮
参拝が終わったら、いよいよ国宝を拝観。
赤糸縅鎧と、白糸縅褄取鎧の二領あるのですが、
このうち赤糸縅は長慶天皇(南北朝時代の天皇)御料とも伝えられる、
大変見事な細工のモノです。
残念ながら写真撮影は禁止です…(^_^;)

櫛引八幡宮
受付で、鎧が大きく写っているカレンダーをもらったので、
鎧そのものの写真は撮れませんが、
せめてカレンダー通じての間接的な写真を掲載(^_^;)

街の様子
そこからは南下していくのですが、途中の街の様子。
お盆だからか?祭りがあるからか?
お盆だから祭りがある、という可能性もありますが、
飾り付けがされていました。

ナニャドヤラ
途中から国道4号方面に走るのですが、
道の駅で休憩したら、写真のようなポスターがありました。
詳しい説明は省きますが、これはぜひ行かねばなるまい!という気に。
今も祭りに向かっている途中で、
行って帰ってくる、ということになるのですが…

平泉ののぼり
同じ道の駅にあった、平泉の世界遺産指定記念?ののぼり。
前行ったことある、と言うこともありますが、
結果的に言えば、東北の国宝建築は、
修理中で見られない瑞巌寺本堂を除くと、
今回は中尊寺金色堂だけ見てないですね…(^_^;)
指定されてなければ逆に行ったかも?
どうも、人が多そうというネガティブイメージしかないです<世界遺産

道の駅にて
国道4号に出て少し南下…道の駅に入ったのですが、
祭りの練習みたいなことをやっていました。
24H開放の休憩所があるとのことで、
ストップ候補地の一つだったのですが、
この練習もしばらく終わりそうにないし、
ストップはあきらめたものの、しばらく見学していました。

道の駅にて
本番なのか、練習なのかよく分からず(^_^;)

がんばろう!岩手
その道の駅に、岩手県知事の、
「がんばろう!岩手」という宣言が張り出されていました。
『宮沢賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは
個人の幸福はありえない」という言葉を残しました。』
という一節があり…最近また読めば、考えさせられるものがあります。

夏祭り
少し走って別の道の駅まで。
こっちの方が環境的にはあまりよくなく、
軒先もあったのですが、別のライダーがテント張っている…
ルート上、ここから先は山だし、まぁいいかとあきらめ…
来る途中で少し離れたところでお祭りをやっていたので、
見学に行くことにしました。
地元の公民館の盆踊りだったようで、
全然大したことなかったのですが(^_^;)

杉玉
そのお祭りは酒屋の駐車場でやっていましたが、
酒屋に杉玉を発見したので撮影しておきました。
杉玉は新酒ができたことを知らせるモノで、
転じて酒屋の看板みたいなもの…
焼酎文化の鹿児島生まれ育ちの私は最近まで知らないものでした(^_^;)
祭りはさっさと退散、コンビニでご飯買って再び道の駅へ行ったのでした。

走行距離

227.8km

本日の家計簿
自販機コーヒー130円
ローソン朝食580円
是川縄文館入館料250円
自販機コーラ120円
勢登寿司寿司その他2850円
櫛引八幡宮お守り、賽銭810円
櫛引八幡宮宝物殿入館料400円
ローソン軽食366円
サンクス酒、食料706円

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