外観。
結論から言えば、ここは大変良かったのですが、
亀ヶ岡遺跡が、その名を「亀ヶ岡文化」とまで使われる一方で、
地元に遺物がほとんど残っていない悲惨な状況であるのに対し、
ここ、是川遺跡の出土品が当地に残されているのは、
私財を投げ打って当遺跡の発掘調査を行い、
遺物の持ち出しを禁止し、保存に努めた、
泉山岩次郎(いわじろう)、泉山斐次郎(あやじろう)兄弟の功績だそうです。
玄関近くにその胸像があったので、敬意を表して、最初に掲載。
胸像の足元にあった説明。
国宝、土偶…いわゆる合掌土偶。
平成元年7月、風張1遺跡から出土し、
平成9年3月30日に他の遺物666点とともに重文指定、
平成21年7月10日に国宝指定。
私自身が見るのは2回目になります(もっとも、当時は重文)。
合掌土偶と名がついていますが、祈りのポーズではなく、
当時の出産時の姿勢を表したものという意見もあるそうです。
モノは展示順路の一番奥に、一室丸ごと使って展示されているのですが、
メインでもあるの一番最初に掲載します。
人が結構多かったので…写真撮影が大変でした(^_^;)
しかしま…同じ縄文の国宝としては、
火焔式土器や縄文のビーナスに比べると、
私的には格下という感じがします(^_^;)
(画像はそれぞれ大きな画像にリンクしています)
ついでながら、この土偶は女性器や肛門も表現されているそうで、
(土偶として、それは珍しいことではありませんが…)
それも観たかった、ということはあります。
一階は無料エリア、2階が有料の展示室なのですが、
階段の手すりは縄文、その名の由来となった縄をイメージしているようでした。
踊り場のポスター。
左が当館、右がやはり国宝の土偶を展示する場所。
新潟…はどういう展示があるのか詳しくは知らないのですが、
新潟の縄文と言えば火焔式土器。
国宝のそれは十日町市博物館に展示されていますが、
行った当時は少々手狭だったように感じられたので…
新しい博物館が出来てほしいと願うばかり。
(縄文の国宝としては点数が多いので、
むしろその必要性が一番高いと思うのですが…f^^;)
数々の優れた遺物が独立したガラスケースに展示されており、
照明も相まって幻想的な空間を作り出していました。
照明は、写真撮るうえでは邪魔なことも多かったのですが(^_^;)
飾り太刀。奥は飾り弓。
祭祀などで使われたと考えられるとのこと。
赤は漆の色です。
「漆塗り注口土器」。
プレートが写ってますけど(^_^;)
「漆塗り櫛」。
漆塗り土器。
黒色漆に赤色漆を重ねて塗っているものもあり(下段中央?)
漆塗りの注口土器は極端に少なく、特別な場面で使われたと思われるとのこと。
「頬杖土偶」。
土偶の展示。
この展示を見た人が「あっ、しゃこちゃんだ!」と…
その認識はともかくとして、愛称の浸透度は素晴らしい(笑)
土偶の中でも、気になったもの。
香炉型土器。
深鉢型土器。
注口土器。これで何を注いだのか…というのが気になるポイントで。
やっぱり酒、かな?(笑)
モノは大きくはないのですが、質量感のあるデザイン。
注口土器。
亀ヶ岡文化の遺物は、青森市以西では、
なかなか優れたものが見られずいろいろ観に行きましたが、
そんな労力を使う前にここに来れば良かっただけのようでした(^_^;)
合掌土偶だけで言うならば、他の縄文の国宝のほうが見る価値があると思いますが
(中空土偶、1975年出土→2007年国宝指定、32年、
火焔式土器、1980〜1986年出土→1999年国宝指定、19年、
縄文のビーナス、1986年出土→1995年国宝指定、9年、
合掌土偶、1989年出土→2009年国宝指定、20年、
これだけ見れば、縄文のビーナスが優れているだけ…?)
展示してあるところにどれか一つ行くとしたら、
なかなか悩ましい問題になると思います。
(函館のそれは行ったことないですけど…)
まとめて残した、先見性を持ったご兄弟に感謝するばかりです。