実家〜串木野新港〜(フェリーニューこしきにて)〜甑島 里新港〜市の浦キャンプ場
いよいよ甑島に向けて出発の日です。
まぁ、いよいよと言っても甑島からはまた(用があり)
実家に帰ってくる予定なので、そんな意気込んでたりするわけではなく普通の朝。
普通と違うのは、何だかんだで朝4時くらいに寝たのに、
目覚ましかけてちゃんと朝8時くらいに起きたということでしょうか。
朝ごはんを食べて、とりあえずフェリー会社にTELしてみます。
電話番号メモしていなかったので、ツーリングマップルや0円マップ見てみるも載っておらず。
それは編集のミスではなく、どちらにも甑島は地図からして載っていない、
無視された島なので、フェリー会社も載せていないと言うことだと思われます。
で、それはもともと分かっていたことだし、ネックではあるのですが、
ツーリングマップルを知る前、二輪免許とってすぐ買った道路地図には甑島も載っているので、
こちらを携帯していくわけつもりで、こちらを見たらちゃんとフェリー会社の電話番号も載っていました。
しかし、TELして見るもつながらず。しょうがないので準備を始めます。
すると、母親が「どっか行くの?」とか言う(-_-;)
私は昨日ちゃんと「甑島に行くからね」と言っておいたのです。
それを言うと「甑島ってどこにあるの?と聞いても黙って笑ってるから」とか、
なんか訳分からない返事をされましたが。
実家の居間には、私が伊能忠敬記念館に行ったときに貰った日本地図が張ってあり、
(そこの日記は文が意味不明なのでなおさねば、と思ってますf^^;)
「どこにあるか、それで調べなさい」と言って準備を続けます。
合間にフェリー会社にTELしてみると、なんだか「機関調整」とかで出航は微妙、との事。
出る方向で検討しているが、バイクはキャンセル待ちになる、との事で、
「もう一回あとから電話してください」と言われました。
うーむ、のっけからつまづいたなぁ〜、と思いながら・・・
いろいろ考えて、出ると決めたからには
たとえ甑島に渡るのが明日になったとしても、今日出発した方がいいか、と、
鹿児島県の北西(北薩、ほくさつ、と言われる地方なんですが)方面のキャンプ場見ながら
準備を進めます。昨日、ある程度準備はしていたので、部屋から出して積むだけなんですけどね。
しばらくたってもう一度TELしてみると、先ほどとは変わってプラス方面の応対で、
機関調整で出航が遅れるのは変わらないのですが、
バイクは脇にでも入れられるからたぶん大丈夫、と言われ、それでは、と予約したのでした。
荷物をVFRに積んだら出発。フェリーが本来11:15の出航だったのですが、
10:30ぐらいの出発で、フェリーが出るのが実家のある鹿児島市から結構離れた串木野と言うところですから、
4,50分はかかるので、機関調整様様、と言う感じかもしれません(^^;)
ガソリンが無かったので、実家近くのスタンドで給油し、
鹿児島市街に下りてからは国道3号線で串木野を目指します。
串木野は・・・合併して「いちき串木野」という市になったのかな?
あまり何も無い寂れた街だったのですが、最近「マグロラーメン」と言う名物が出来、
それは結構こちら方面では話題になっているようです。
私も一回食べに行ったことありますが、
一回だけしかないわけで、まぁそんなものです(^^;)
で、手持ちのお金も無かったので郵便局でおろします。
なんか、書いていても準備が隙だらけ、と言うかしてないという感じかも、ですね(^^;)
駐車場に荷物満載のVFRを停めると、一人こちらを見ながら歩いていくおじさん・・・
VFRのナンバーを振り返って見て行ったのですが・・・
「鹿児島」ナンバーでごめんなさい、と(^^;)
ちなみに、「日本一周ツーリング中」と書いてある部分は、まだ隠してありました。
で、フェリーターミナルについたのが11:40ぐらいでした(^^;)
中では、人が一杯受け付けに並んでいて、どうやら乗船手続き中のようです。
私も乗船手続きするべく、車検証を持って記入台の近くにいると、
「バイク載せるの?」と並んでいる中から一人のおじさんに話しかけられました。
「そうです」と言うと、手続きについて教えてくれたのですが、
車やバイクを載せるための手続き用紙がありませんでした。
受付は人が一杯並んでいるし、問い合わせのためとはいえ割り込むのは感じ悪いし、
並んで待っていたらいつになるか分かりません。
それで、事務室に人とかいないかなぁ?と思って受付の奥の部屋を見ると、
「車両航送予約センター」みたいな感じの文字が見えたので、
そちらに入って聞いてみると、とりあえず載せられるか分からないので、
受付をする前に船の前に行って、そこの係員に聞いてください、との事。
それでその係員に聞いてみると、とりあえずバイクを持ってきて、とのことで、
そちらに移動すると、なんか普通に乗ることが出来ました。
別に脇に追いやられると言うこともなく、車と一緒に並んでいる感じで。
これはまぁ、このフェリーは甑で四ヶ所ほど寄港してまた戻ってくると言う航路なのですが、
私が最初の寄港地で降りるから、かも知れません。
それで、VFRを載せた後にまたさっきのところに行って用紙を貰い、
記入して受付を済ませると、無事乗船することが出来ました(^^)
ちなみに、車両一台には運転手一人分の運賃を含む、ということでした。
出航したフェリーの中で、掲示物を見ていると、
先ほどのおじさんに「無事乗ることが出来たんですね」と話しかけられました。
この方も、「バルカン」と言うカワサキかな?アメリカンバイクに乗ってるそうで、
「島で乗ってるんですか?」と聞いてみると、そうだ、との事・・・
バルカンの1600とかで、島で乗るには贅沢だなぁ、と言う感じですね。
どこまで?というのに、最初の寄港地の「里」まで、と言ったら、
こちらは上甑島、と言うところなのですが、「下甑まで来ることは無いだろうけど」と
一枚の名刺を渡されました。「民宿、居酒屋」と書いてあったので、
「下甑も行く予定ですけど、キャンプなので」と少し恐縮。
それからそのおじさんとは別れ、デッキの方へ上がってみました。
手すりにつかまると、少しざらっとした感覚がありました。
ん?と思ってみてみると、手すりになんだか白い粉っぽい物が浮いている・・・
これはどうやら塩のようでして、そんな舷側が低い船じゃありませんし、
こんなところまで潮かぶるのかぁ、と。
それからは大抵デッキにいたのですが、
そんな大波が来るわけではない割りに、普通に波しぶきが飛んできます。
1000トンも無い小さなフェリーですが・・・そんなものなんでしょうかね?
それからデッキをうろうろ。
風が強く、そんな寒いと言うことは無いのですが、
そんなことをしているのは私ひとりでして、
われながら一人はしゃいでいるようでみっともないなぁ、と思わないでもありません(^^;)
途中で、女子高校生?二人組が上がってきましたが、
風の強さにすぐ退散したぐらいで。受験だったのでしょうかね?
さて、航路の途中ですが、こういう海食崖?が見られました。
ちなみにこれは本土になりますけど・・・陸からは見ることが出来ないわけで、
海賊のお宝とかありそうだな〜、と。
船の上からなら誰でも見えるところにあるし、そんなこと無いですかね(^^;)
そして船はだんだん本土を離れていきます。
途中で、無人島の横を通るのですが、その島の周囲は絶壁ばかりなのに、
頂上あたりには灯台らしき人工物が見え、どうやって建造したのかな?と思ったり。
ちなみに目指す「里」までは1時間10分ほど、と言うアナウンスがあったのですが、
30分ぐらいたった頃に、半分くらい来たのかな?と思って見てみると、もう島影が見えました。
後ろを見てみると、まだ本土も見えますし、そう遠い島では無いようで・・・
まぁ、だからこそ私の島巡りの練習にいいか、と思って来てるわけですけどね(^^;)
そして船はだんだんと島に近づいて行きます。
北東から南西へ、地図上で見ると少し傾いた南北に細長い島々で、
船はだいたいそれに直角で近づいていくわけですけど、
最初の寄港地は島々の北端の集落で、右手にはもう岩礁のような島しか見えませんでした。
ちなみに左手には切り立った崖が延々と続き、南端の方は霞んで見えませんでした。
太陽の関係であまりいい写真は撮れないかな?とこちらの写真はキャンセル。
風は強いのですが、波はそんな荒いと言うことも無く、白い波はほぼ見えません。
船もそんなに揺れませんでしたし。一応、外洋ということになると思うのですが・・・
オーシャン東九フェリーで気分が悪かったと言う経験があるので、少し心配していたのですが、
杞憂だった、と。しかし考えてみるとあの時は何で気分が悪かったのか・・・
船が本当に揺れていたか、それか酒で潰れた後遺症だったのでしょうか。
島々の中には、こういう地層がくっきり見えている島もありました。
地層とか、まぁ知識はほぼ無いわけですけど、
こういうものを見ると、この島はどうやって出来たのか?見たいな事にも興味がわきますね。
さて、それはさておき、程なく船は上甑島の「里新港」に接岸。
私はここで降りて、串木野で撮れなかったのでフェリーとVFRの写真を撮影。
2006年版トップページのランダム画像の第一弾と言うことになるでしょうか(笑)
それから近くの観光案内板をみて、
とりあえずキャンプをする予定の市の浦キャンプ場に向かうことにしました。
こちらは海水浴場と併設しており、夏とGWしか開設していないということだったのですが、本土でリサーチ中に
管理しているところに聞いてみたところ、今の時期でもする分には構わない、と言うことだったのです。
ただ、水がろ過はしているが塩素消毒はしていないので、生水と言うことになりますけど、と。
水と場所さえあれば問題なしですから、ここになっていました。
フェリー乗り場近辺では車も少しは通り、信号も一機ありました。
それと、工事中のところが異様に多く・・・
あとから知ったところによると、島には最近下水道処理施設が出来たようなので、
それはおそらく下水道管の埋設工事だと思います。
少し走ると人家も無くなり、センターラインなしの山道になりました。
フェリーからも断崖が見えたので、さもありなんとは思っていましたが、
平らな島ではなくて、海に突き出た山と言う感じの島で、
アップダウンの多い道が続きます。
海側は断崖になっており、ガードレールの無いところも多く、
落ちたら死ぬよな〜、と思いながら・・・
まぁこれまでガードレールにガードされたことなど一回も無いのですけどね(^^;)
島の西側を北に走って、キャンプ場にたどり着きました。
フェリー乗り場からは5kmも無いところなのですが、近くには人家全くなし。
何か工事をしている重機はいて、その音はうるさいのですが、
これは早めに帰ってこないと、真っ暗で寂しそうなところです。
しかし、目の前に広がる海は大変きれいでした。
沖縄とかの南の島でよく見られるような、透き通った海ですね。
しばらく散策してテントを張るところを決めます。
海岸の写真も撮ろうと思ったのですが、テント張っているうちに雲が出てきて・・・
明るい太陽の下で撮ったほうが感じが出るでしょうから、それはまたの機会に。
ちなみにここはテントを張るデッキのような物がありましたが、
上に張ると、平らなのはいいのですがペグが打てないので普通に地面に張ります。
それからナビに甑島の地図が入ってなかったので入れ、
島の散策でも、と思ってもう一度出発したのでした。
来た道は泥土が道路に散乱しているところがあったので、
今度は島の東側を通る道路を使って、「里」集落まで。
もう一回フェリー乗り場まで行って見ると、
集落内のお店とその位置を書いた看板があったのでチェック。
コンビニが無いのは当然として、ご飯食べるところが無いのは困るなぁ、と思った物の、
フェリー乗り場の待合所の一角に「イーグル」と言う食事処がありました。
お昼時はだいぶ過ぎていたのですが、そこに入って食事をします。
普通に揚げ物とかの定食ばっかりで、刺身定食とかはなしでした。
ご飯を食べ終わったら、近くの「亀城跡」と言う城跡へ。
まぁ城跡と言っても小さな島のことですから、
それらしき遺構は全く無いのですけどね。
ちなみに城跡の説明板はこちら。
容量の問題は解決されているので、説明板の画像もアップできるのは楽でいいですね(笑)
城跡らしき遺構は無いとさっき書きまして、それはその通りなのですが、
敷地内には戦没者慰霊碑とか、かつて島で時間を知らせるのに使った鐘などがありました。
それで、そこから下りると、武家屋敷群があるとのことでそちらへ。
入っていくとすぐに駐車場の案内があったのですが、
とりあえず、玉石垣が続く道路を走ってみます。
武家屋敷といっても、古い建物の案内は無かったのですが、
石垣はかつてのままのようで、「規模は小さいながらも貴重な文化財」だとありました。
しかし感じたのは、2階建ての建物が少ないなぁ、という事で、
それとこの石垣をあわせて考えると、やはり沖縄の住宅ように、
台風の被害を抑えるためなのかな?と考えることでした。
一通り走ると、入口の駐車場にVFRを停めます。
少し付近を散策してみて、駐車場のそばには神社もあったので参拝してから出発します。
先ほどの亀城跡の説明板にあった、「鶴城跡」に行ってみようと思ったのですが、
それらしき丘のほうへY字路を右に曲がって入っていくと、
途中から急な坂になって、その先通じているかも怪しかったので引き返します。
Y字路のところでは工事をやっていたのですが、
工事中の人たちが、そのY字路を左に行くとずっとまわれると教えてくれ、
今日は様子見と言うことで、特にそうする必要性は無かったのですが、
せっかくなので行ってみることにしました。
ここの道も工事中のところがあって、浮き砂利が多くて走りにくいところ。
しばらくいくと、ナビ上で「牧の辻段」と表示されているところに出ました。
「辻」の通り十字路なのですが、「段」というのは、
ここは山の上でもあり、「遠見の段」と言うところがキャンプ場の近くにあったので、
「峠」のことかな?と思いながら、そこを左へ曲がります。
そこを通ると、これまで南下していたので、
島の東岸を通ってもとの集落に戻れるのかな?と。
そうして走っていくと、道はかなりの山の中にあるのですが、
どうやら岸に出られるような下り坂があったのでそちらへ。
道脇ががけのところも多く、落石も大きな石はありませんが少々ある感じ。
しかし、「落石注意」と言う看板は良く見かけますが、
「落ちてくる石」には注意のしようが無いわけで・・・
「落ちている石」ならまだ分かるのですが・・・どっちなんでしょう?
さて、道は途中で途切れて漁業用の小屋かな?と言う感じの建物が二棟建っている所に出ました。
道は舗装でしたが、建物が建っているところは未舗装だったので引き返します。
で、そこからは東岸の断崖が見えたので写真撮ってみましたが・・・
VFRも入れてトップ画像にしようと言う目論見もあったのですが、あんまり迫力ない写真かな?
まぁ、島はこういう断崖のところが多いようです。
元の道に戻って走っていくと、「里」集落が良く見えるところにきました。
その写真はこちら。右手も海、左手も海という事で・・・
こりゃ奥の山と手前の山をつなぐ砂州なのかな?と。
砂州もいろいろあるでしょうが、丸々集落になっていると言うのも珍しいかな?と。
それで停まった場所の近くに、「隠山(かくれ念仏跡)」とあり、
隠れキリシタンならぬ隠れ一向宗徒の礼拝地があるとの事で、
「ここから300mほど上がったところ」とあり、それくらいなら行ってみようかとも思ったのですが、
「しんしんとした霊気に満ちたところ」ともあり、
言い換えると「不気味なところ」かとも思って今日はキャンセル(^^;)
集落に戻ると西の海岸沿いを少し走り、買い物をしてからキャンプ場に戻ってきました。
刺身でも、と思っていたのですが鮮魚類はほぼ置いておらず。
島民ほぼ漁民だから置く必要が無いのかな?とか思ったり。
キャンプ場は先ほど書いたとおり、近くに人家等全く無く、
暗くなると怖いかとも思って早めに帰ってきたのですが、
帰ってきた5時ごろだと、全く問題なく明るかったのでした。
それで、ビールを買ってきていたので、VFR(のフロントタイヤ)に掛けてともに乾杯。
「またよろしくな、相棒」と言ったところでしょうか(^^;)
海を見ながらつまみに買ってきたゆで卵を食べていたのですが、
どうも買ってきたヱビスビールが美味しくない。
とりあえず、製造年月日を見てみると、05年9月と言うことで、
少し古いということもあるのかな?と。
島だからそんなものかもしれませんね。
ついでに魚肉ソーセージとかポンカンとか食べて、
本土で買ってきた乾麺のうどんを作ります。
本当は麺をゆでるのお湯と、スープ用のお湯は別々に用意しないといけないらしいのですが、
キャンプにてそういう余裕は当然無く、麺をゆでたお湯に粉末スープを入れて食べます。
まぁ、そんな食べられないと言うことも無く、普通に食べられましたね。
それからテントに入ってパソコンを起動し、画像の整理とかしていたのですが、
どうも眠いな、と。考えてみれば四時間ぐらいしか寝ていないわけで、
まぁ無理することも無いな、とも思ったし、日記は起きてから書けばいいかとも思い、
まだ夕方6時くらいでしたが眠りに着いたのでした。
79.3km
シェル | 20.20L 143円/L | 3,033円 |
甑島商船 | 二輪750cc以上運賃 | 4,400円 |
イーグル | エビフライ定食 | 950円 |
ショッピングセンター角栄 | 食料、ビール | 1,017円 |